ブラジル・ゴヤースにて
世田谷地域 D.

 この春、主人の実家であるブラジルはゴヤース(サンパウロより飛行機で40分ほど)へ、息子(2歳)のお披露目も兼ねて3ヶ月にわたり帰省しました。息子がダウン症の告知を受けた際、ショックを感じている私とは裏腹に、主人は驚きも悩みもせず「それならもっともっと、愛情を込めて育てていかないとね!」とポジティブな反応でした。このことを広報編集者に話したところ「ぜひともブラジルのダウン症療育事情をレポートしてきて欲しい!」と頼まれ、意気揚々と取材を試みるはずでしたが…。

 この地域のダウン症の親の会を紹介してほしいと家族に尋ねたところ、みんなの表情に浮んだのは「?」マーク。どうも要領を得ないのです。どうやらブラジルではダウン症は個性のひとつと捉えられていて、ここゴヤースでは、特別に親の会などはないようでした。また、支援学級や支援学校も聞いたことがないらしく、普通級に進学するとのことでした。「普通級でやっていけるの?」「もちろん。ここではダウン症はノーマルだから。日本ではそんなに特別なことなの?」そう聞かれて私は答に窮してしまいました。

 そういえば、主人の実家は皆、スタンレーがダウン症とわかった時「私たちは神様に選ばれたのよ!」と喜びました。サッカー選手が「ダウン症のある子が欲しい」とインタビューで答えていて、日本とはずいぶん捉え方が違うんだなと感じてはいました。

 息子にはブラジルに6歳の姉がいるのですが、彼女は息子を自慢の弟と皆に披露し、分け隔てなく一緒に遊んでくれました。時々息子が物を投げたり飽きっぽい一面を見せても、それも彼の個性のひとつと受け止めてくれ、「ダウン症だから」という見方は一切なかったです。

 ある日、地元の教会のパーティーに誘われ参加しました。そこでは両足を失った女の子がオシャレをし、義足も車椅子も使わず友人たちに抱っこされながらパーティーを楽しんでいました。障碍のある人たちが当たり前に社会に属しているのです。

 ブラジルは世界一の多民族国家です。サッカーや政治的背景のもとでの争いはありますが、人種・民族・宗教の争いは国内では一切ないといわれています。さまざまな「違い」を「個性」とみなす習慣が、障碍のある人たちへの偏見の無さに結びついたのではないかと思います。

 楽しい3ヶ月があっという間に過ぎ、現地の子どもたちと慣れ親しんだ息子は帰国するのが惜しかったようです。



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