谷口奈保子先生講演会    2011.05.15


新しい暮らしづくりへの挑戦

 先ほど触れた「いこっと」ですが、17年前にグループホームを作ったとき、私は一般の人が一緒に暮らせるグループホームを地域に作りたいと区の障害者福祉課に説明したら、何を言っているのだという反応でした。どうして障害者だけを固めるのか、どうして10人、20人という障害者と世話をする人、そういう施設のような形でしか障害者は生きられないのか、特殊な人が集まって、特殊な人がお世話をしながら運営しているという印象を周りに与えかねない、と沢山の疑問がありましたけれど、渋谷区にはグループホームが一箇所しかなかったので、行政から補助金をもらってもう一つグループホームをつくったほうがいいと考え直し、1993年に「えびす・ぱれっとホーム」を建てたのです。

 その後、17年間ずっと新しい形の家づくりを思い続けていました。ぱれっとのような小さなNPOが、渋谷区の恵比寿の土地の高い所に家を建てるなんてありえない、土地価格は億ですからね。何か方法を考えなきゃいけないと考えていたときに、ある企業が古くなった社員寮を建て替えるということを耳にして、1年をかけて社会貢献に協力してほしいと企業を説得したんです。そして土地を無償提供してもらって家を建て、オーナーとサブリースの契約をして運営管理をぱれっとがする、つまり、家賃で3800万円の建築費を10年かけて充当するという形にしました。

 ですから空き室が続くと家賃をぱれっとが保証しなければならないリスクがあるんです。これは事業なので、リスクは承知で実現させたんですが、どうしても運営が難しければ、そこでみんなの知恵を借りたり、専門家に協力してもらうのがぱれっとのやり方です。

 おかし屋ぱれっとを作った時も、「そんなお菓子づくりなんて」「やってみなきゃわからないじゃないか」。「え?障害者と健常者が一緒に住むの?そんなの無理、無理」「やってみなきゃ分からないじゃないの。やってみて駄目だったら、いろいろ、ああでもない、こうでもないと皆で話し合う。押してダメなら引いてみる覚悟で再スタートすればいい」。簡単とは言わないけれど、いろいろと問題が起きるのは当然のことだと思います。

 私は、新しい事業を始めるときは、7割準備が出来たらスタートさせるんです。10割でスタートしたら、もう後には戻れないんです。ここまで頑張ったんだから失敗は許されないと思うでしょ。お金が集まってからなんて言っていたら、いつになっても実現できません。つまり7割ぐらいでスタートして、協力してください!と周りの人たちに見せると、人間って優しくなるんですね。随分頑張っているじゃないか、それならお役に立ちましょうと。ですから3割を残して皆さんの協力を仰ぎ、軌道修正をしながら100%にするというやり方が「ぱれっと」のやり方で、これまでそのようにやって来ました。

できるできないは障害のあるなしに関係がない

 「いこっと」ができて1年経ちました。この形の家がモデルケースになるかどうかは、まだ私も分かりません。そこで、ヒヤリングを実施しました。親御さん、健常者、そして障害者、4人ずつ12人にヒヤリングをしています。いくらか傾向が出て来ました。入居している人たちはこれでいいという満足感がほぼ8割。障害によってはこだわる人がいるので、夜中に健常者が帰ってきて階段の上り下りがうるさいと注意されていますけれども、入居者の意見は、ほぼ良いというのがこの1年の結果です。

 そして、何が問題かというと、親御さんの悩みの健康管理、食事管理です。つまり、「いこっと」には世話人がいないんです。グループホームではない。ごく普通の共同生活をするシェアハウスです。人間関係をつくって入居者同士が助け合うという形でやっています。それがわかっていて住んでいるわけですから、健常者が障害者を一方的に助けるという暮らし方はありません。むしろ障害のある人の方が残業なしで帰って来ますし、7時半頃には皆さんは揃っている。帰宅が遅いのは健常者の方です。企業に勤めている人は帰宅が夜中の11時、12時ですから。このような働き方は異常です。家族を大事にする欧米では考えられない。そして、朝はもう7時には家を出ます。ですから、彼らは顔を合わせる時間がないんです。予想はしていましたけれど、予想以上でした。日本の企業はすごいんだなあと。人間破壊、人格破壊、鬱になる人が多いのも無理からぬことだと実感しています。

 そしてもう一つ。料理、掃除、洗濯ができないのが健常者です。そう、基本的な生活習慣が身についていない。これは社会の責任?つまり、平日は働いて夜中の12時に帰ってきて、休みの日は疲れてずっと寝ているんですから。そういう姿を見て親御さんは可哀そうだと洗濯をしてあげるでしょう。洗濯物を洗濯機に入れておきなさいよ、洗っておいてあげるからと。遅く帰って来たらご飯は冷蔵庫に入っているから食べなさいよ。遅く帰ってきて台所でご飯をチンして一人で食べる。朝はぎりぎりまで寝ていて朝ごはん食べずに出勤。部屋の掃除なんてしたことのない健常者はたくさんいます。それは珍しいことでもない。それでも彼らは社会人なんです。

 できないことを問題にしているのではなくて、学んでこなかった若者が沢山いることが問題なのです。できる、できないということは、障害のあるなしには全く関係がない。むしろ軽度の障害のある人の方が様々なところで教育されています。そんなこともできないの、なんて障害者に言われているんですから。もちろん、障害によってはできないことが多い人もたくさんいます。それは仕方がありません。それは、その人の人格に全く関係ないのですから。いくら教えてもできない障害者もいるかもしれません。それも仕方がないことです。

障害者と健常者が共に暮らす家「いこっと」

 そのような状況で、今は食事管理、健康管理を親御さんはすごく心配しています。それは当然のことだと思います。ですが、それもお互いに教え合いながら、より良い生活を生み出していく。これが社会人になる、社会人として認められる一歩じゃないかと思います。これは健常者にも言えることです。「いこっと」は社会人として一人前に育てる場所、障害のあるなしには関係がないということが、1年間の生活の様子を見守っていて分かりました。

 こういう家は、土地が広くて安い、修理をすれば住める一軒家が沢山ある地方に広がって行ってほしいと考えています。「おかし屋ぱれっと」の時にも、社会に種をまきました。「いこっと」でも種をまいて、地域に合った形の家が次々とできて、障害者が地域で当たり前のように暮らす。そして、近隣とのお付き合いが人間関係を更に豊かにするといったようなことがとても大事なのではないかと私は思っています。この「いこっと」が、障害のある人たちにとってほんとうに暮らしやすい形なのかどうかはまだ分かりませんので、もう少し様子を見たいと思います。それでも、日本で初めてスタートさせた「いこっと」のこれからに大きな期待を寄せています。




<谷口奈保子>
1983年「ぱれっとを支える会(2002年よりNPO法人ぱれっと)」設立。
現理事長並びに「ぱれっとインターナショナル・ジャパン」代表。 東京・恵比寿に障害者が地域であたり前に働き、暮らし、楽しむ為の5つの拠点を創る。 2002年「ヤマト福祉財団賞」受賞。 2006年「糸賀一雄記念賞」受賞。社団法人日本知的障害福祉連盟理事。ソーシャルビジネス・ネットワーク副代表理事。


2011年5月15日 世田谷区総合福祉センターにて
JDS東京世田谷支部ふたばの会



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